農耕祭事
この神事では、地区で"火焚き乙女"に選ば
れた幼い少女が火炊殿にこもり、昼夜にわたっ
て火を焚き続けます。その期間は、8月半ばか
ら10月16日までの約2ヵ月にも及び、農作物
を襲う風・雨・霜・雪の害を払うことを、ひたす
ら祈り続けます。以前は期間中ずっと火焚き乙
女がこもり続けていましたが、近年では節目の
行事の日のみの参加となり、それ以外は地区の
人々が交代で火を守っています。小さな祭です
が、自然の厳しさと戦う人々の素朴な祈りが伝
わり、共に秋の豊作を願わずにはいられませ
ん。この祭を通じて、収穫に向けた人々の願い
も高まっていきます。
そして実りの季節。9月の終わり、阿蘇神社
と国造神社では、五穀豊穣に感謝する田実祭
が盛大に行われます。奉納の流鏑馬では、
烏帽子や直垂など典雅な装束に身を包んだ射
手が、約140mの参道をさっそうと走り抜け
ます。馬上から3つの的をめがけて放たれた矢
が的中するたびに歓声があがり、そのにぎわい
の中で、阿蘇の人々は、春からの農作業が豊か
な実りで報われた喜びを分かちあうのです。
一方、秋を迎えた草原では、冬の飼料用の刈
干切りが行われ、やがて牛たちは各畜産農家
に引き取られていきます。静けさが訪れた草原
は深い冬の眠りに入り、次の春、野焼きの鮮烈
な炎と共に、再び新しい季節の目覚めを迎え
るのです。
夏。田や畑で作物は太陽に向かって成長し、
牛や馬は草原で伸び伸びと育っています。そ
んな季節に行われるのが、豊作を祈る"おんだ
祭り久御田植神幸式)。これは、苗の生育を
神々が見回るために神輿に乗っておでましに
なるというストーリーを持った、阿蘇の夏の一
大風物詩です。
青々と続く田の間を阿蘇五岳をバックに進
む祭の行列。その中でひときわ目を引くのが、
先頭を進む、宇奈利と呼ばれる白装束の14人の
女性たちです。頭上に神々の神饌(食
事)の櫃を乗せ、のどかな田歌に合わせてゆ
るりゆるりと進むその姿は、神話世界から抜
け出たようでなんとも幻想的。途中、定めら
れた神のお旅所では、神輿の上に早苗を投げ
上げ、その年の豊作を占う神事も行われま
す。この祭の頃、秋の実りに向け、人々は田畑
で精魂込めた農作業を続けるのです。
そして、秋。標高の高い阿蘇地域では、昔か
ら農作物の霜害が恐れられてきました。伝承
では、人々を霜の害から守るため、健磐龍命
が天津神七柱を祀って"火焚き"の神事を始め
たと言われています。そのいわれに基づき、農
作を祈る伝承として続いているのが、阿蘇神
社ゆかりの霜神社で行われる"火焚き神事"
です。
平地に比べて秋冬の寒さが厳しく、作物は霜害
に遭うこともしばしばでした。古代、この地に
住み始め、自然との共存を始めた人々にとっ
て、厳しい環境に感じられたことでしょう。加
えて、時に噴煙を上げる火山も、大自然の神秘
と驚異を感じさせたはずです。それら人智を
超えた自然の威力に対し、古代の人々は恐れに
も似た敬虔な気持ちを抱いたに違いありませ
ん。そんな人々の農耕の安全を願う切なる祈り
の対象となってきたのが、阿蘇開拓の祖神、健
磐龍命はじめ十二神を祀る阿蘇神社です。そ
の歴史はなんと2000年以上も前にさかの
ぼるといわれ、日本有数の由緒ある古社として
信仰を集めてきました。
この阿蘇神社と、北宮と呼ばれる国造神社
を中心として、古式ゆかしい農耕祭事が一年を
通じて行われています。春の豊作祈願に始ま
り、風害や霜の害を払う祭、秋の収穫を祝う祭
まで、一貫した祭事が行われるのは全国的にも
珍しく、一連の農耕祭事は国重要無形民俗文化
財に指定されています。
3月。農事が始まるこの季節、阿蘇神社では
その年の豊作を祈願する春祭り(卯の祭、田作
祭)が行われます。そのハイライトが、"火振り
神事‰この祭は、"神婚"で神々が結ばれるこ
とで地上に豊かな実りがもたらされるという
信仰に基いており、氏子たちは、神婚の儀に到着
した神を祝うため、参道で、燃え盛る松明を豪快に振り回します。阿蘇の大地に農
した神を祝うため、参道で、燃え盛る松明を豪快に振り回します。阿蘇の大地に農
耕の季節を告げる光の群舞によって、人々は春
の到来を実感するのです。
一方、放牧の準備のための"野焼き"が行わ
れるのもこの頃。冬の深い眠りに閉ざされて
いた大地に火が放たれると、幾筋もの炎が野
や山肌に走ります。野焼きは、牧草を育て、人
や家畜に有害なダニなどの害虫を駆除するた
めに欠かせない重要な行事。これが終わると
間もなく黒い大地に緑が萌え始め、人々は、冬
の間畜舎で養っていた家畜を連れてやってき
ます。初放牧の日には、家畜の無事な成長を
願って、放牧の安全を祈願することになってい
ます。
